アダム・スミスからの「知の継承」

 一般に「経済学の父」として知られるアダム・スミス(Adam Smith, 1723-90)は、グラスゴー大学の道徳哲学の教授として活躍し、18世紀ヨーロッパにおける知識人の一人でした。その豊かな知を育んだのは、デイヴィド・ヒューム(David Hume, 1711-76)など同時代の知識人との交流であり、スミスの書棚に集められた豊富な書物でした。そしてその知は、彼の旧蔵書を通じて、現在を生きる私たちに「継承」されています。スミス旧蔵書の一部(303冊)は、今から約100年前の1920年に、新渡戸稲造(1862-1933)によってロンドンで購入され、東京大学経済学部に寄贈されました。東京大学におけるスミスの旧蔵書の蒐集活動はその後も続けられており、現在では315冊を所蔵するに至っています。
 また東京大学経済学図書館所蔵のウィリアム・ホガース(William Hogarth, 1697-1764)の版画は、スミスと同時代のイギリス社会が生き生きと描かれています。それらの版画は、スミスがいかなる社会の中で、自身の知識を蓄積し思想を形成するに至ったのかを知る手がかりを与えてくれています。
 18世紀のイギリス社会の中で生きたスミスの知と思想は、その後、ヨーロッパのみならず東アジア世界へも波及しました。その波及は、例えば、スミスの代表的著作『国富論』の日本語訳は中国語訳といった翻訳本の出版といった形や、スミスの旧蔵書を購入した新渡戸稲造が自身の講義の中でスミスの著作を引用するといった形で表れています。こうしたスミスからの知の「継承」を示す資料も、東京大学経済学図書館に所蔵されています。
 本デジタル展示では、第I部 アダム・スミスの書棚(蔵書)の世界、第II部 スミスが生きた時代 : ホガースのまなざし、第III部 海を渡ったスミス : スミスの思想の東アジアへの波及の3部構成で、アダム・スミスからの知の「継承」を見ていきます。第I部では、東京大学経済学図書館所蔵の「アダム・スミス文庫」から、スミスの知の体系をなした11点の資料を、第II部では、ホガースの版画5点を、第III部では、東京大学経済学図書館所蔵の資料4点を紹介していきます。